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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4391号 判決 1969年1月17日

原告

土井好澄

被告

株式会社関邦工務店

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し、六一万二六四六円およびこれに対する昭和四二年五月一二日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告―「被告らは各自原告に対し、一三九万二四四二円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金額を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言

被告ら―「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

二、原告の請求原因

(一)  交通事故の発生

昭和四一年七月二二日午後一〇時頃、東京都世田谷区若林町六一四番地附近の通称環状七号線道路において、原告が普通乗用車(以下原告車という)を運転して大森方面から板橋方面に向けて道路左側部分を進行中、後方から進来した訴外服部繁運転の普通貨物自動車(品川4ふ四〇八八号、以下被告車)に後部から追突され、頭部、頭部を運転席シートに打ちつけられ、よつて、頸椎症候群なる傷害をうけた。

(二)  訴外服部繁の過失

自動車運転者は、走行中常に前方を注視し、ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、道路交通の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような安全な速度と方法で運転し、もつて事故の発生を未然に防止する義務があるところ、訴外服部繁はこれを怠り、当時雨天のため進路前方に雨水がたまつているのを発見した原告が危険を感じ減速したのに、漫然後方から追従疾走して急ブレーキ措置を怠り、またはその措置が遅きに失した過失により本件事故を惹起したものである。

(三)  被告らの地位

被告会社は、土木工事を主たる目的とする会社で、被告車を保有し、訴外服部繁を事務員として雇傭し、通常同人に被告車を運転させていたもので、本件事故発生当時も、その乗務執行中であつた。また被告関根は被告会社の代表者であると共に被告会社にかわつて事業を監督する地位にあつた者であつた。

(四)  原告の蒙つた損害

(1)  医療費六万二一二六円

原告は前記受傷加療のため、昭和四一年七月二三日から同年八月中東京都世田谷区太子堂四丁目二二番七号所在の森住医院、国立第二病院に、同年一二月中東京医科歯科大学病院にそれぞれ通院し、治療費合計五万七六三六円を支払い、また同年八月末日から同年一二月末日まで同都大田区北千束三丁目二八番六号所在の柳沢医院に通院加療し、治療費四四九〇円を支払つた。

(2)  通院等交通費四万一九四〇円

原告は右加療期間中、通院等のためタクシー、電車およびバス等を使用し、右全額を支出した。

(3)  薬代七〇〇〇円

原告は右加療期間中、薬購入費として右額を支出した。

(4)  附添費二三万七〇〇〇円

原告は治療期間中、不自由な体のため十分な仕事をすることができなかつたので、訴外工藤スミエおよび木村信子に附添方を依頼し、その報酬等として前者に二一万円、後者に二万七〇〇〇円を支払つた。

(5)  過失利益五二万円

原告は土木工事等を主たる目的とする訴外株式会社幸工務店の代表取締役であつて、本件事故発生当時、月額七万円の給与と、年間二回各一〇万円宛の賞与を得ていたものであるが、本件事故による受傷加療のため、昭和四一年七月から同年一二月までの間給与・賞与合計五二万円の得べかりし利益を失つた。

(6)  慰謝料八〇万円

原告は前記幸工務店代表者として官公署に対する土木工事の受註、請負施行等万般にわたつて自ら事業を執行し、指揮監督をなしていたものであるところ、本件受傷により肩部牽引痛、眩暈に悩まされ、記憶力は低下し、これらのため事業に対する意欲も極度に減退し、多大の精神的苦痛を蒙つたものであるが、さらに通院加療のため前記受註は減じ、業績は低下し、また従業員中には不安のため退職する者もあり、その主宰する会社の営業成績の低下と信用の失遂等により蒙つた不利益も少しとない。これら原告の蒙つた苦痛を慰謝するには八〇万円が相当である。

(7)  原告車の修理費および価格減少による損害一四万一五八〇円

原告は原告車を所有していたものであるが、本件事故により毀損されたので、訴外多田自動車工業株式会社に対しこれが修理費六万一五八〇円の支払債務を負担するに至り、また修理により原告車は一応整備されたものの事故による毀損のため八万円相当の価格減少を来たした。

(8)  営業用交通費三万二七九六円

原告は本件事故発生前、前記幸工務店の事業執行のため原告車を自ら運転使用していたものであるところ、原告車を毀損されたためと本件受傷により自ら運転業務ができなくなつたため、前記加療期間中、営業用にタクシーを利用し、合計四万八二八〇円を支出せざるを得なかつた。ところが本件事故発生前原告車を使用していた場合には、燃料費等必要経費を要していたから、これを前記タクシー代の三割程度とみるので、残七割にあたる頭割金額が、営業用のため支出を余儀なくされた交通費である。

(9)  弁護士費用五万円

被告らは原告が蒙つた、叙上損害につき任意に弁済しないので、原告は原告訴訟代理人に本訴の提起と追行方とを委任し、昭和四二年四月一五日その手数料として五万円を支払い、同額の損害を蒙つた。

(10)  賠償保険金五〇万円の充当

原告は以上(1)ないし(9)合計一八九万二四四二円の損害賠償請求権を有するところ、昭和四二年一二月、いわゆる賠償保険金五〇万円の支払をうけたので、これを前記(1)の医療費のうち五万七六三六円、(2)の通院等交通費、(3)薬代、(4)附添費(以上合計三四万三五七六円)と(5)の逸失利益のうち一五万六四二四円に各充当した(残一三九万二四四二円)。

(五)  よつて原告は被告ら各自に対し一三九万二四四二円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三、被告らの答弁および抗弁

(一)、請求原因(一)は認める。同(二)の事実のうち、本件事故発生現場附近に水たまりが生じていたことは認めるが、雨水がたまつているのを発見した原告が危険を感じ減速したことは不知、訴外服部が疾走して急ブレーキ措置を怠り、またはその措置が遅きに失したことは否認する。同(三)の事実のうち、被告会社が土木工事を主たる目的とする会社で被告車を保有し、訴外服部を事務員として雇傭し、通常同人に被告車を運転させていたこと、被告関根が被告会社の代表者であつて、これにかわつて事業を監督する地位にあつた者であることは認めるが、本件事故発生当時右服部が被告会社の業務執行中であつたことは否認する。被告会社では終業後保有車を車庫に格納し、鍵を所定場所において退社する定めであり、終業後の私用運転は厳に禁じていたところ、服部は当時法政大学経済学部二年生であつたが、夜間通学のため被告車を無断で乗り出し、講義に出席の帰途本件事故に際会したものである。同(四)の事実のうち、原告が医療費通院等交通費、薬代を要したことは認めるが、各諸額は不知、原告車の修理費六万一五〇〇円を支出したことは認める。その余の事実は否認する。

(二)、本件事故発生につき訴外服部には過失はなく、仮りに過失があつたとしても原告にも次のとおり過失があつたから、結局被告らには損害賠償義務はない。すなわち本件事故発生現場は、都内でも有数の整備された道路で車両の流れが切れ目なく続いている状態であつて、豪雨の際路面の小くぼみに一時的に水たまりが生ずることがあるが、自動車の走行には全く支障がなく、現に原告車の前方を並進中の二台の車両は、停止することなく通過したのに、降雨中であることを慮り、時速約四〇ないし四五キロメートルで進行していた原告車が、水たまり附近で不必要に突如急停車したので訴外服部も直ちに急停車措置をとつたが、いわゆる空走距離を費し、かつ湿潤した路面でスリップしたため、追突したものである。なおこの場合同人が追突を避けることができない状況にあつたことは、右のとおり急停車した被告車自体も、折柄後続中の訴外矢萩音市運転のタクシーに追突されたことによつても明らかである。

四、証拠〔略〕

理由

一、(1) 原告主張の請求原因(一)の事実と、同(二)の事実のうち本件事故発生現場附近に水たまりが生じていたことは当事者間に争がなく、この事実に〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。

(イ)  事故発生当時における現場の路面・交通の状況本件事故発生現場は、南方大森方面から北方板橋方面に市街地を概ね南北に貫通する主要幹線道路通称環状七号線の若林立体交差点陸橋下であつて、両側に副道を控え、中央部の主道幅一三メートル余(左右各二車線。以下中央寄りの車線を第二車線、道路側端寄りのそれを第一車線という。)指定最高速度時速五〇キロメートルのほか若干の交通規制があるものの、南北の見とおしはよく、アスファルト舗装の路面状況も概ね良好であるが、大森方面から現場附近にかけて緩い下り坂をなしているため、激しい降雨の際は、一時的に水たまりを生ずること、本件事故発生当時である昭和四一年七月二二日午後一〇時頃は、雷を伴つた集中豪雨のため、大森方面から板橋方面にむかつて道路左側部分は、南北約三〇メートル、東西約六メートルにわたつて一時的に水たまりを生じ、現場を疾走通過する車両は、軽度のスリップ等ハンドル操作の自由を幾分奪われる危険があり、また相当量の飛沫を左右にはねる状態であつたこと。前記悪天候にも拘らず、南進車、北進車とも交通は頻繁で、いずれも時速四、五〇キロメートルで前車との車間距離を三〇メートル位につめて走行する車輛が多かつたこと。

(ロ)  事故当事者の行動

原告は、その頃請負施行中の東京都練馬区内の家屋新築工事現場のガラス戸が雨で損壊したため補修すべく、原告車を運転し、板橋方面にむけて時速約四五キロ位で数台の先行車に追従して第二車線を北進中、事故発生現場附近にさしかかつた際、前記水たまりを望見したので、時速三五キロメートル位に減速して進行するうち、水たまりの中央部辺りに達したとき、折柄第一車線を後方から進来した車から多量の飛沫を自車前面ガラスに浴せられ、前方視界を遮ぎられたので、急制動措置をとつたところ、後方から被告車に追突され、よつて頭部、頸部等を運転席シートに打ちつけられ、原告車後部を凹損されたこと。訴外服部は、助手席に女子学友を同乗させた被告車を運転して原告車の直後方三〇メートル位の車間距離を保つて追従進行していたが、前記原告車の減速に気がつかず進行を続けるうち、ふとその赤色尾灯が点灯しているのを発見し、とつさに危険を感じたが、対向車と左側方車とのため転把の余地なく、あわてて急制動措置をとつたが、高速度を続けて車間距離を縮めていたためと、雨水によつてスリップしたため及ばず、追突したこと。なお訴外矢萩音市はタクシーを運転して被告車の約三〇メートル後方から追従していたものであるが、前記水たまりを発見し、やや減速して進行するうち、被告車の急停車を知り、急拠制動措置に及んだが、それまで降雨の中を走行していたためと現場の水たまりによつて、充分な制動効果が得られず、被告車の後部に追突したこと。以上のとおり認められ、この認定を左右するにたりる証拠はない。

右事実によれば、本件事故は、道路および交通の状況に即応し、前車の動静に配意し適宜減速して十分な車間距離を保ち、安全な速度と方法で運転し、もつて前車との追突等事故の発生を未然に防止すべき注意義務を怠つた訴外服部の過失によつて惹起されたものといわざるを得ず、この間原告側に事故原因と目すべき過失はないものと解すべく、原告車が急停車することは不必要な措置であつて、後続する被告車らに予期不可能であつた等の被告らの主張は、独自の見解かまたは前提事実を異にした場合の立論もしくは顧みて他をいう類の弁疏であつて、到底採用できない。

(2) 被告会社が土木工事を主たる目的とする会社で被告車を保有し、訴外服部を事務員として雇傭し、通常同人に被告車を運転させていたこと、被告関根が被告会社の代表者であつて、被告会社にかわつて事業を監督する地位にあつた者であることは当事者間に争がない。〔証拠略〕によると、被告会社は土木建築工事請負を主目的に、被告関根が設立した会社であるが、会社名義の不動産はなく、本件事故発生当時被告車を含み三台の車両を保有するだけで、その事務所も被告関根の個人資産に属し、同被告個人の住宅と近接しており、役員の大部分は同被告の縁故者で、名目的存在にすぎず、従業員は訴外服部を含み四名の小人数で、実質は被告関根の個人会社であつたこと、訴外関根は同被告の従弟にあたり、経理事務員として雇い入れ、被告会社近傍の寮に住み込み稼働していたが、小人数の会社とて現場作業にも従事し、一日一回程度は被告車等を運転して資材運搬等の仕事をしていたこと、当時四名の従業員とも運転可能であつて、稼働時間帯に車両を使用する場合には、被告関根の自宅玄関の下駄箱側の釘に掛けてある車の鍵を黙つて持ち出していたこと、概午後五時の終業時間後は、特別の車庫等ないとこから保有車を前記自宅横または前の道路等においておき、車の鍵は前記釘にかけておくよう定められていたこと、夜間私用に車両を使用する場合には、被告関根または同人の妻の許可を得ることになつていたが、必ずしも厳守されていなかつたこと。訴外服部は事故発生前までにいずれも被告関根の許諾を得て、私物搬送の私用に被告車を使用したほか、降雨時等の夜間通学に一、二度被告車を使用したことがあること、同人の直接上司は訴外菊地みきおであつたものの、前記のとおり小規模企業であつたため、訴外服部に対する直接の指揮監督は、被告関根によつてなされていたこと、本件事故発生当日訴外服部は、在学中の法政大学に赴くべく、降雨中とて特に被告関根らにことわることなく前記釘にかけてあつた車の鍵を取り、被告車を乗り出し、女子学友を便乗させての帰途、本件事故を惹起したこと、被告関根は従業員が揃つた時等に車両の安全運転につき注意したりしたが、訴外服部が犯した数回の交通違反の罰金額を立替納付してやつたりしたことがあることが認められる。

右事実によると、なる程訴外服部の被告車の運転は、一応無断私用運転であるものの、このような場合従前私用運転を許された例もあり、私用といつても降雨中、代表者と縁故関係にある勤労学生の夜間通学用であることから、被告会社は少くもその運転使用を黙認していたものと推認すべく、被告車に対する被告会社の運行支配が訴外服部によつて奪われたものと解せられず、また同人の運転は少くとも客観的外形的に観察すると被告会社の業務執行のための運転とみられる。よつて訴外服部の運転中の事故による後記原告の損害につき、被告会社は自賠法三条の運行供用者および使用者として、被告関根はいわゆる代理監督者として、いずれも賠償責任を負担する筋合である。

二、損害

(1)  原告の受傷の部位・程度

〔証拠略〕によると、一応次のとおり認められる。

(イ)  原告は大正三年四月一三日生まれの健康な男子であり、本件事故発生当時は、一時意識溷濁状態に陥つたものの、まもなく覚醒し、格別受瘍の自覚はなかつたが、翌日に至り、頸部・頭部に痛みを、両肩胛部に倦怠感を覚えるので、東京都世田谷区太子堂四丁目二二番七号所在の森住外科医院の診断をうけたところ、いわゆる鞭打ち病(頸椎症候群)とされ、その頃から昭和四一年一二月下旬頃までの間約五か月にわたつて同医院のほか、国立東京第二病院、東京医科歯科大学附属病院、同都大田区北千束三丁目二八番六号所在の柳沢医院(医師柳沢勝治)等に、平均週二回以上通院(転医は遠距離のための通院不便、にわかに好転しない症状のため同時に他の医師の診断を需める等の動機による)し、アリナミン等の注射、内服薬の投与、湿布、頸部のギブス固定、コルセットの装用、レントゲン線検査等をうけ、さらに自らアリナミン、パテックス等売薬を購入使用して加療したこと、

(ロ)  自覚症状中、頭部痛が最も顕著で、枕を装用すると激痛を覚え、しかも身体が温まると増悪する性状を呈し、殆んど安眠できないため、ベニヤ板片に頭部から腰部を接着固定して就床する等特別の工夫を要したこと、また頭重感および両肩胛部の牽引痛に加え、嘔吐、眩暈感を払拭できず、記憶力が衰え、全身脱力感あり、従前に比して発語の円滑さを失い、食欲も減退したこと、さらに就寝時を除き、固定ギブスを常用していたため、発汗により頸部にただれを生じたこと、

(ハ)  加療中昭和四一年七月二三日から一二月二七日まで一五八日間にわたつて、訴外工藤スミヱ(当時四三才、一四〇日間)および同女の縁者訴外木村信子(一八日間)の各附添をうけたものであるが、前記柳沢医師から附添看護を要する旨の指示があること、もつとも右工藤は、かつて手芸教師兼保険外交員をしていた者であるところ、原告との間に結婚話が進められ、同年六月頃から既に交際中であつたこと、両女ともいわゆる附添看護のほか、原告方の家事一切を仕切り、時には後記幸工務店の経理記帳等をも手伝つていたこと、なお工藤は昭和四二年六月頃から原告と同棲して内縁関係を結び現在に至つていること、

(ニ)  原告は、受傷当日から昭和四一年一一月頃までは加療に専念したものの、本件事故発生当時土木建築請負業株式会社幸工務店の代表取締役として、自ら諸般の業務を執行し、数名の従業員を指揮監督していたが、同社は宛然原告の個人会社であつたため、右専念期間中も通院しない日は酷暑日等を除き出社していたこと、同年一二月に至つては、しばしば出社して業務を執行していたこと(原告の自陳によると同年一二月下旬に至るまでの間業務上利用したタクシー代は合計七、八万円に達する)、右のとおり認められる。右各事実を総合すると、原告の受傷の程度は、受傷当日から昭和四一年一一月下旬頃までの約四月間は、かなり重篤であつて、療養と日常生活の介助とのため附添を要する状態であつたが、その後は症状軽快し軽労働およびやや複雑な事務にも堪えうる程度に回復し、少くとも療養のための附添看護を要する状態を脱したものと推認される。(因みに甲第二七号証によると柳沢医師は、昭和四一年一二月末まで附添看護を要する病状である旨診断するも、該診断資料に前記(二)の原告の出社状況を併考したかどうか明らかではないし、仮りに出社状況をも併考した判断であつても、現に施療中の患者に対する純医学上の所見にすぎず、傷害事故の損害賠償請求訴訟において、附添看護費等治療上の出捐の相当性もしくは逸失利益・休業補償の評定等につき相当性判断の重要資料もしくは評定の基準事実としての受傷の程度の認定は、損害賠償の法理に則り、医学的所見のほか被害者の環境、環境に対する従前の個体の適応度および受傷後の順応性等諸般の事実を総合しながらなすべく、この意味で要附添看護状態の概念自体一種の法的規範概念であると解されるから、当裁判所は、前記柳沢所見の一部を採用しない。)以上認定に反する〔証拠略〕は、被告会社代表者兼被告本人関根邦雄尋問の結果および弁論の全趣旨に照らして措信しない。

(2)  原告が医療費、通院等交通費および売薬購入費を支出したことは、当事者間に争がなく、左記括孤内掲記の証拠によると、原告がその主張のとおり、治療のため左記費目の出捐をなしたことが認められる。

(イ)  医療費合計六万二一二六円(甲第九、一〇号証第一六号証の一ないし二七、第二二ないし二六号証、工藤証言)

(ロ)  通院等交通費四万一九四〇円(甲第一七号証、原告本人尋問の結果)

(ハ)  売薬購入費七〇〇〇円(工藤証言)

(3)  附添看護費一八万円

〔証拠略〕によれば、前記のとおり原告は引き続き一五八日間にわたつて訴外工藤スミヱおよび木村信子の附添をうけ、その報酬として一日一五〇〇円の割合による合計二三万七〇〇〇円を支払つたことが認められるが、前記(1)認定のとおり、本件事故による受傷と相当因果関係にたつ損害は、そのうち一八万円(受傷の翌日から昭和四一年一一月下旬頃までの約四月間、一日一五〇〇円の割合)であると認める。

(4)  逸失利益三八万円

〔証拠略〕によれば、本件事故発生当時原告は幸工務店代表取締役として月額報酬七万円のほか年二回一〇万円宛の賞与をうけていたが、受傷日である昭和四一年七月二二日以降の六月間にわたり、右報酬も賞与も得ていないことが一応認められるが、他方〔証拠略〕と被告会社代表者兼被告本人関根邦雄尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、原告の主宰する幸工務店は官公庁関係の受註が多かつたため小規模ながら、まず盛業中のところ、昭和四〇年頃罹災してからは、業績低下していたもの(元来一徴表事実にすぎず、申告上の過誤も予想されないではないが、同工務店の法人税額は、昭和三九年一〇月一日からの一年間で納付額三二万五九三〇円に対し、同四〇年一〇月一日から昭和四一年九月三〇日までの分は二万二八六〇円にとどまり、その後の一年分は四万三〇〇円である)であることは明らかであり、斯種業界が景気変動の影響をうけ易く、特に小規模企業において著しいことは、実験則であるから、六月間の無収入がすべて本件事故に基づくものとは到底推認できない所である。叙上事実を総合すると、原告が本件受傷により失つた得べかりし収入額は、報酬合計二八万円、賞与一〇万円であると認める。

(5)  慰謝料二五万円

上掲各事実によると原告が本件受傷により蒙つた精神的苦痛はかなり甚大であることを推認するに難くないので、諸般の事情によりこれが慰謝料としては二五万円を相当とする。

(6)  原告車の修理費六万一五八〇円、いわゆる格落ち八万円

原告が原告車の修理費として前者の金額を支出したことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、原告車は昭和四一年一月頃購入したセドリックの新車であるが、同年三月頃から実際に使用し始めたものであること、事故後修理したものの、車体表面のきずあとを完全に払拭できず、また後部トランクとの隙間を残す状態にしか修補できなかつたため事故発生直前に比し、少くとも八万円相当の交換価格の減少を蒙つたことが認められる。

(7)  営業用交通費

〔証拠略〕によると、原告は事故発生直前幸工務店の業務執行のため原告車を自ら運転使用していたものであるところ、本件事故によりこれを毀損されたためと、受傷により自ら運転業務をなすことができなかつたため、昭和四一年一二月下旬頃までに、営業用にタクシーを利用し、多額のタクシー代を支払つたことが認められるが、原告の主張自体によつて明らかなとおり、その報酬、賞与は、原告自身において原告車の運転をなすことによる業務執行の対価として定められたものと推認されるところ、前記(4)に認定のとおり、受傷日から昭和四一年一一月下旬までについては、報酬、賞与の全額を補償すべく認容したのであるから、営業用に利用したタクシー代のうち、原告自身の利用した分については、本件事故による受傷との相当因果関係をたやすく肯認できないし、この期間中の他の従業員による利用タクシー代については、これを認めるにたりる証拠はなく、右時間以降については、前記認定の受傷の程度から、原告が営業用にタクシーを利用し、代金を支出したとしても、利用自体本件事故と相当因果関係を有するものか疑問の余地がある。結局本件にあつては営業用交通費は、相当因果関係上の損害として、これが賠償を被告らに求めることを得ないものといわなければならない。

(8)  弁護士費用五万円

〔証拠略〕によつてこれを認める。

(9)  賠償保険金の充当

原告が本訴提起後である昭和四二年一二月いわゆる賠償保険金五〇万円の支払をうけたことは、その自陳する所であるから、前記(2)ないし(8)の合計一一一万二六四六円からこれを控除すると、残額は六一万二六四六円となる。

三、よつて被告らは各自原告に対し六一万二六四六円およびこれに対する本訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四二年五月一二日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

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